蒐集家 | 内田魯庵
蒐集家 | 内田魯庵
蒐集家は何でも人が気付かない意表なもの、人をアッと驚かす奇抜なものを心掛ける共通の癖がある。これが爲めに往々餘り意表過ぎるものを背負い込んで内々持余しつつ誇つている事がある。或人が日本銀行で焼棄した紙幣の灰を手を廻して漸との思いで手に入れて紙幣の印刷面が灰となつても歴々と読めるのを得々としていゐた。が、灰だから家まで持つて帰るのが容易ならぬ苦辛で、不覚笑つた吹き飛ばして了う。鳥渡でも動かしたら直ぐ形が壊れて了う。硝子箱に入れやうかどうしようかと散三首を捻つたが、結局多分吹き飛んで了つたらう。
蒐集:収集
爲めに:為に
餘り:余り
漸との思い:やっとの思い
歴々:れきれき
ありありと見える様子
鳥渡:ちょっと
了う:しまう
散三:さんざん
蒐集家には廃物がない。何でも集めて見れば趣味を生ずる。人もするものでは面白くないから人の手を着けないものをと考へ考へ目を皿にして蒐集物をハントする。自分の干支に因むものとか、自分職業に関するものとか、鴎梟とか蛙とか、三角なものとか四角なものとか、青い物とか赤い物とか、蒐集されている品目を藪へ學げたら藪百種どころぢやなかろう。兼好法師は、見苦しからぬものは文車の書と塵塚の塵と云つている。兼好時代の塵塚はドンナ風流なものであつたか知らぬが、塵塚の塵を見苦しいと思はぬ兼好は蒐集家の心持を理解してをる。
鴎:かもめ
梟:ふくろう
賤しげなる物*、居たるあたりに調度の多き*。硯に筆の多き*。持仏堂に仏の多き*。前栽に石・草木の多き*。家の内に子孫の多き*。人にあひて詞の多き*。願文に作善多く書き載せたる
多くて見苦しからぬは、文車の文*。塵塚の塵*
文車:ふみぐるま
書物などを運搬するリアカー風のキャスター
塵塚:ちりづか
ゴミ捨て場